
2026年10月5日、安川電機が前社長・小川昌寛さんの訃報を発表しました。
62歳という若さでの別れに、驚いた方も多いと思います。
「そもそもどんな人だったの?」
「どうやって社長になったの?」
と気になって検索した方も多いはず。
この記事では、年齢・出身・学歴・経歴・社長時代の実績・家族まで、新聞社や公式発表など信頼できる情報をもとにまとめました。
表も使って、スマホでサクッと読めるように整理しています。最後まで読んでもらえるとうれしいです。
小川昌寛さんのプロフィール

まずは基本情報から見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小川 昌寛(おがわ・まさひろ) |
| 生年月日 | 1964年8月25日 |
| 没年月日 | 2026年10月2日(享年62) |
| 出身 | 北九州市 |
| 最終学歴 | 九州芸術工科大学(現・九州大学)芸術工学部 |
| 勤務先 | 安川電機(1987年入社) |
| 最終役職 | 副会長執行役員(前社長) |
| 兼務 | 日本ロボット工業会 会長(2026年5月就任) |
ひとことで言うと、入社以来ずっとロボット事業を歩んできた「ロボット畑一筋」の経営者です。
年齢・出身・学歴
年齢は62歳
小川さんは1964年8月25日生まれで、亡くなったのは62歳でした。
社長に就任したのは2023年3月で、当時は58歳。経営トップとしては、これからさらに活躍が期待される年齢でしたよね。
出身は北九州市
出身は北九州市と報じられています。
ちなみに日本経済新聞の人事記事では「福岡県出身」と書かれていました。北九州市は福岡県にあるので、どちらも間違いではありません。
安川電機の本社も北九州市にあります。地元の企業でキャリアを築き、地元で最期を迎えたことになります。
学歴は九州芸術工科大学
学歴は、1987年に九州芸術工科大学(現・九州大学)芸術工学部を卒業しています。
「ロボットの会社の社長が芸術工学部?」と意外に思う人もいるかもしれません。
芸術工学部はデザインと技術の両方を学ぶ学部です。人が使うものを形にする視点は、ロボット開発とも相性がよさそうですよね。
なお、一部の業界専門サイトでは「工学部」と書かれています。新聞各社は「芸術工学部」で一致していたので、この記事では芸術工学部としています。
入社のきっかけがおもしろい
小川さんの入社には、こんなエピソードがあります。
大学4年の就職活動のとき、「世界一のロボットメーカー」と紹介された新聞記事をたまたま見つけて、面接を受けたそうです。
偶然の出会いが、その後40年近いキャリアの出発点になったわけです。
経歴を年表でチェック

入社から社長就任までの歩みを表にまとめました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1987年3月 | 安川電機製作所(現・安川電機)に入社 |
| 2004年 | ロボット事業部の事業企画部長 |
| 2006年 | ロボット工場開発部長 |
| 2010年12月 | 米国安川の会長として渡米 |
| 2012年6月 | 執行役員(米州統括) |
| 2016年3月 | 執行役員 ロボット事業部長 |
| 2019年5月 | 取締役 |
| 2020年3月 | 常務執行役員 |
| 2022年3月 | 代表取締役 専務執行役員 |
| 2023年3月 | 代表取締役社長 |
| 2026年5月 | 社長を退任、副会長執行役員に |
ポイントは「ロボット事業部長を6年以上務めた」ことと「米国で事業を広げた」ことです。
特にアメリカでの経験は、のちの米国向け戦略につながっていきます。
安川電機社長時代の実績
社長を務めたのは2023年3月から2026年5月まで。約3年の短い期間でしたが、残した足跡は大きいです。
AI搭載ロボット「MOTOMAN NEXT」
小川さんが力を入れたのがロボットとAIの融合です。
2023年12月には、米エヌビディアとの協業で開発したAIロボット「MOTOMAN NEXT」を発売しました。
従来のロボットは、決まった動きを正確に繰り返すのが得意でした。そこに判断力を加えて、医療や食品など「まだ自動化されていない分野」に広げようという狙いです。
「フィジカルAI」への挑戦
ロボットが自分で考えて動く**「フィジカルAI」**にも、早くから取り組みました。
日本経済新聞によると、2023年のエヌビディアとの提携後、100社以上と実証を進めてきたそうです。
2026年6月の新しい中期経営計画では、フィジカルAIの成長投資としてM&Aや資本提携を中心に1,200億円を充てる方針が示されました。
この計画を説明したのは林田歩取締役でしたが、小川さんが築いた土台の上に立った戦略と言えそうです。
日本ロボット工業会の会長にも就任
2026年5月、業界団体の日本ロボット工業会の会長にも就任しました。任期は2年とされていました。
業界全体を引っ張る立場になった矢先の訃報で、無念だったと思います。
周りからの評価
前社長の小笠原浩さんは、小川さんのことを「議論ができる熱い男」と評していました(ニュースイッチ・日刊工業新聞)。
時にぶつかりながらも、一緒に突っ走れる関係だったそうです。
家族について

家族については、公表されている情報はごく限られています。
訃報では、喪主を務めるのは妻の今日子さんと伝えられています。
お子さんの有無や人数などは、報道では確認できませんでした。ご遺族のプライバシーもあるので、憶測で書くのは控えますね。
社長退任から訃報までの流れ

2026年4月10日、安川電機は小川さんが持病の療養のために社長を退任すると発表しました。病気の詳しい内容は明らかにされていません。
5月には副会長執行役員となり、AIロボティクス事業などを担当していました。
そして10月2日に死去、10月5日に発表という流れです。
死因や葬儀の日程など、訃報の詳しい情報は、こちらの記事でまとめています。
👉 小川昌寛の訃報|死因は?62歳で死去した経緯・安川電機前社長の経歴を解説【2026最新】
安川電機のふるさと・北九州を旅してみよう
小川さんが生まれ育ち、キャリアを築いたのが北九州です。
安川電機の本社がある黒崎エリアには、ものづくりの街らしい雰囲気が残っています。
「ゆかりの街を訪ねてみたい」という方は、旅行サイトで宿や交通をチェックしてみてください
ロボットやAIの最新動向をじっくり学びたい方には、耳で聴くAudibleもおすすめです。移動中や家事の合間に、ビジネス書を聴いて学べます。
まとめ


最後に、ポイントを整理します。
日本のものづくりとロボット産業を引っ張ってきた方でした。心よりご冥福をお祈りします。
訃報の詳細は、こちらの記事もあわせてどうぞ。


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