
「村主章枝ってどんな人だっけ?」
「今何してるの?」
って気になってこのページに来た人、多いんじゃないでしょうか。
トリノ五輪4位入賞という実績を持ちながら、引退後は振付師、コーチ、さらには映画プロデューサーとまで肩書きを広げている村主章枝さん。2026年7月には国際結婚を電撃発表して、またまた話題になっています。
この記事では、村主章枝さんの身長・年齢・体重・学歴・経歴を、信頼できる情報源をもとにギュッとまとめました。最後まで読めば「村主章枝という人」がまるっと分かるはずです。
村主章枝さんのプロフィールを一覧でチェック
まずは基本情報を表でサクッと確認しちゃいましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 村主 章枝(すぐり ふみえ) |
| 生年月日 | 1980年12月31日(2026年で45歳) |
| 出身地 | 千葉県千葉市生まれ、神奈川県横浜市鶴見区育ち |
| 身長 | 157cm |
| 体重 | 公式には非公表 |
| 血液型 | 非公表 |
| 学歴 | 清泉小学校→清泉女学院中学校・高等学校→早稲田大学教育学部 |
| 職業 | 元フィギュアスケート選手/スケートコーチ・振付師/映画プロデューサー |
| 所属 | MonkeY Teer Entertainment代表取締役 |
体重については本人が公表したことがなく、ネット上に出回る数字はどれも憶測レベル。
なのでこの記事では信頼できるソースがない数字はあえて書きません。ここ、地味に大事なポイントです。
幼少期はアラスカ育ち?スケートを始めたきっかけ
村主章枝さんの父親は元日本航空の国際線パイロット、母親は元客室乗務員という華やかな家庭出身。実は3歳から5歳までアメリカ・アラスカ州アンカレッジで暮らしていたんです。
この時期にウィンタースポーツに親しんだことが、のちのスケート人生の原点になったと言われています。お母さんいわく「英語はすぐ忘れちゃうけど、体で覚えたことは忘れない」という思いから、スケートを習わせたんだとか。マイナス12度でも外遊びさせてたっていうエピソードも、なかなかスパルタですよね。
小学校2年生で帰国してからは横浜に定住し、本格的にフィギュアスケート漬けの毎日がスタートします。ちなみに3歳年下の妹・村主千香さんも元プロスケーターで、姉妹そろって氷上で活躍してきました。姉妹スケーターというのは日本のフィギュア界でも珍しく、当時から「村主姉妹」として注目を集める存在だったようです。
パイロットの父とCAの母という家庭環境も、村主さんの国際感覚や語学力に影響を与えたと考えられます。海外経験の豊富さは、引退後にアメリカへ移住してキャリアを築くうえでも大きなアドバンテージになったのではないでしょうか。
学歴は超お嬢様コース!早稲田大学教育学部卒

村主章枝さんの学歴もかなり注目ポイントです。
清泉女学院はミッション系の名門女子校として知られていて、いわゆる「お嬢様学校」枠。競技と学業の両立はかなりハードだったはずですが、しっかり大学まで進学しているのは立派ですよね。
大学時代のインタビューでは、恋愛対象に性別へのこだわりがないとも語っていて、自身のセクシュアリティについてもオープンに発信してきた人物です。早稲田大学の機関紙「早稲田ウィークリー」でもその考え方を語っています。
フィギュアスケート選手としての輝かしい経歴
ここからは本題、選手としての実績を振り返ります。
主な戦績
| 大会 | 結果 |
|---|---|
| ソルトレイクシティ五輪(2002) | 5位 |
| トリノ五輪(2006) | 4位 |
| 世界選手権(2002・2003) | 2年連続3位 |
| 世界選手権(2006) | 2位 |
| GPファイナル(2003) | 優勝 |
| 四大陸選手権 | 優勝3回 |
| 全日本選手権 | 優勝5回 |
「氷上のアクトレス」「銀盤の女優」なんて異名がつくくらい、表現力に定評があった選手です。演技後のキス・アンド・クライで妹の千香さんに「Chika!」と呼びかけるシーンは、当時のファンには印象深いエピソードとして語り継がれています。
最初についたコーチは福井信子さん、その後染矢慎二さんに師事し、長野五輪後の1999年からは佐藤信夫さんの指導を受けるようになりました。指導者を変えながらも自分のスタイルを模索し続けた姿勢は、まさに逆境ほど力を発揮するタイプだったと言えそうです。2010年前後にはスポンサー探しに苦労しながらも現役続行を模索し、最終的には陽進堂への所属が決定するなど、選手生命を懸けた努力の跡も見て取れます。
2014年11月、33歳で現役引退を発表。浅田真央さんが26歳、荒川静香さんが24歳で引退したことを考えると、かなり長く第一線で戦い続けた選手だったことが分かります。
引退後はカナダ・ラスベガスへ!映画プロデューサー転身の道のり

引退後の村主章枝さんの活動、実はかなり多彩です。
まずはカナダに渡り、スケートコーチ・振付師として指導者の道へ。その後アメリカ・ラスベガスに拠点を移し、2018年には正式に米国へ移住しました。
映像制作会社を起業
2019年、村主章枝さんは映像制作会社「MonkeY Teer Entertainment」を設立し、代表取締役に就任。制作した短編映画は複数の映画祭で受賞するなど、映像業界でも確かな実績を残しています。2023年に出演した「マツコ会議」では、自身の映画プロデューサー転身について語り、フィギュアスケートの高橋大輔さんも渡米の際に村主さんを頼ったというエピソードも披露しています。
コーチ業も継続中で、ラスベガスを拠点に子どもたちへの指導も行ってきました。スケート選手としての表現力を活かし、振付師としても評価が高く、フィギュアスケート界とのつながりを保ちながら映像業界でもキャリアを積み上げてきたのが特徴です。「氷の上で培った表現力」を映像制作に転用しているというのは、他の元スケーターにはなかなか見られないユニークなキャリアパスと言えるでしょう。
2026年、45歳で電撃の国際結婚を発表

そして2026年7月10日、大きなニュースが飛び込んできました。ABEMAの番組「ダマってられない女たちSeason3」に出演した村主章枝さんが、13歳年下のアメリカ人男性・デビンさんとの国際結婚を公表したんです。
出会いはラスベガスで同じアパートに住んでいたことがきっかけ。映像制作の仕事をしていたデビンさんとフィギュアの映像制作で協力するようになり、交際・結婚へと発展したそうです。
この結婚や妊活・子供についての詳しい話は、下記の記事でじっくり解説しているので、気になる人はチェックしてみてください。
関連記事:[村主章枝に子供はいる?13歳年下夫との国際結婚・流産と妊活の今【2026最新】]
セクシュアリティも公表するオープンな一面

村主章枝さんは、恋愛観についてもオープンに発信してきた人物です。早稲田大学の機関紙のインタビューでは「性別へのこだわりはほとんどない」「好きになった人を好きになればいい」と語り、自身がバイセクシュアルであることを公表しています。
競技一筋の生活を送る中で恋愛のチャンスが少なかったことも本人が語っており、仕事に対する熱量の高さがうかがえるエピソードです。実際、2017年のインタビューでは「結婚願望はあまりない、仕事への想いが強すぎる」と話していたことも分かっています。
そんな村主さんが2026年に国際結婚を発表したことは、ファンにとってちょっとしたサプライズだったと言えるでしょう。
よくある質問
Q. 村主章枝さんの体重は何kgですか? A. 体重は公式に発表されておらず、正確な数字は分かっていません。信頼できる情報源がないため、この記事では推測での記載はしていません。
Q. 村主章枝さんは現在どこに住んでいますか? A. 2018年からアメリカに移住し、ラスベガスを拠点に活動しています。
Q. 村主章枝さんの妹も元スケーターですか? A. はい。3歳年下の妹・村主千香さんも元プロフィギュアスケーターで、現在は解説者としても活動しています。
まとめ
村主章枝さんは、身長157cm、1980年生まれで2026年時点45歳。早稲田大学教育学部を卒業したインテリ選手でありながら、トリノ五輪4位、GPファイナル優勝という輝かしい実績を持つ元フィギュアスケーターです。
引退後はカナダ・ラスベガスを拠点に指導者、そして映画プロデューサーとして活躍の場を広げ、2026年には国際結婚も発表。スケートだけにとどまらない挑戦を続ける姿は、多くの人にとって刺激になるはずです。
今後の活動からも目が離せませんね。結婚や子供についてさらに詳しく知りたい人は、ぜひ子記事もあわせてチェックしてみてください。


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